独身時代の話~フィリピン滞在記~
2023/2/11
夫が、たまには株以外のことも書いたら?と
すすめてくれたので今日は独身時代の話を。
学生時代は外国、とくに発展途上国に関心があり
一回生の時はフィリピンでホームステイをしたりしました。
初めての東南アジアです。
フィリピンて貧富の格差がえげつないくらいはっきりしていた(今はどうなのかな?)のですが、
その年は都市部のお金持ちと、農村地帯の貧しい(でも心は豊か)お宅に
住まわせてもらってフィリピンの貧富格差を体感するという目的の旅でした。
都市部のお金持ちの暮らしはというと、たとえば誕生日に有名人が歌いに来たり、
家族それぞれの部屋が、お部屋じゃなくて敷地内にはなれて建つ一軒の家っていう。
もちろんお手伝いさんもたくさんいました。
でもやっぱりというか、思い出に残っているのは農村地帯でのファームステイですね。
フィリピンには島がたくさんあるのですが、滞在したのはタンハイという場所。
首都マニラから飛行機に乗り、サトウキビ畑をずー--っとトラックで移動。
集落へ着いた時にはもう真っ暗でした。
そこで、私含め日本からやってきた大学生10名が
一人ずつ名前を呼ばれ受け入れ先のお家に向かいます。
なんか不安・・これからどんな生活が待っているの?という
「ドナドナ」を思わせるシチュエーション。
農村のお家っていうのは、あれ何でできてたのかな?
竹だったかな? 昔よく「ウルルン滞在記」で出てきてたようなお家でした。
そこで4~5人くらいの家族が生活していて、私もその日から同居させてもらうことに。
驚いたのは、フィリピンへ行く前に、何やら受け入れ先の家の中には
トイレがない家があるらしい・・・その家は、着いたらバケツを差し出されるらしい、
ということを聞かされていたのですが、そのお家はまさかの私の受け入れ先でしたね。
トイレのあるお家でも、もちろん水洗なんかじゃないし、なんなら囲いもあったりなかったり。
水道もありません。くみ上げ井戸でした。
お風呂は川です。慣れてきたら水牛の横で水浴びしてました。
トイレしたくなったら隣の家に借りに行ってました。
そんなこんなで人って慣れるものですね。
ニワトリの声で起きて、ごはん食べて、井戸でハミガキして、村人たちと過ごして。
あたたかく・楽しい時間だったなあ。
フィリピンのひとって陽気で、集落みんな家族って感じで仲良くて。
夜にはよく村中の人が集まって大音量で音楽かけて踊ってましたね。
でもなぜか雨が大嫌いで、小雨降ってきただけであわてて家に帰ってました。
私のステイ先には2歳くらいのめちゃめちゃカワイイ女の子がいて
その子の名前は「ジャパン」。みんなのアイドル。
もう大きくなったのかなあ?
日々にうもれてましたけど、思い出すと楽しいですね。
思い出ばなし読んでいただいてありがとうございました。
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